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日本の果物はおいしいが、高いと言われて久しい。完璧な形でなくてもいいから手頃な値段にして欲しいと言う声もある。贈答品としての果物の歴史や外国と異なる生産条件など果物文化の舞台裏を訪ねた。

宝石、それとも果物?
日本の果物屋は、海外のマーケットで量り売りするシーンとは少し異なっている。老舗高級果物専門店のショーウインドーにはスポンジにくるまれた贈答用の果物が飾ってある。三角形やハート型のスイカも珍しくない。一方、変わらないのは「どうして日本の果物はこんなに高価なの?」との外国人からの驚きの声だ。
8月の昼下がり、照り返しの強いアスファルトから一歩、東京・日本橋の千疋屋総本店に足を踏み入れると宝石店と見まごう美しさだ。翡翠(ひすい)のようなマスクメロンは、麝香(じゃこう)を意味する「マスク(musk)」の名の通り芳醇な香りを漂わせて1個1万4000円(税込み以下同)から2万1600円。エメラルド色の輝きを放つ瀬戸ジャイアンツブドウは、1房1万2960円だ。その輝きだけでなく価格も宝石に負けていない。
米国人コラムニスト、デイブ・バリーは著書『デイヴ・バリーの日本を笑う』で「メロンは日本では一流デパートなどで、1個75ドル(1992年当時約8000円)だった。確かに形のいいおいしそうなメロンで、しゃれた木箱に入っている。でも、たかがメロン1個に75ドルも出せますか?」と驚きを隠さない。「日本人は、エチケットとして恐縮して『つまらないものですが』と言わなくてはいけない。しかしいうまでもなく、アメリカ人だったらまったく反対の態度をとるだろう。相手が包みを開くのを待ちかねて人差し指をつきつけて『このメロン一体いくらしたと思う?』とすごんでみせるはずだ。また、何年か後のパーティで、初対面の人に『ボブといいます。昔、ある人に75ドルのメロンを贈ったことがあるんですよ』と自己紹介したくなるだろう」と書いている。
182年の歴史を持つ千疋屋は、贈答品が総売上げの98%を占めるという。ゆえに、美味しく、見た目が美しいことは、最低限必要な条件だ。千疋屋の得意先は、官公庁、商社、銀行、土木・建築業者など多岐に渡る。また、マスクメロンを日本人に贈られた中東の客が、その後、毎月旬の果物を自家用ジェット機で買い付けに来るという話もある。
千疋屋の企画・開発部長、大島有志生さんは、「日本の果物は、質も味も間違いなく世界一です」と胸を張る。

千疋屋のブドウの数々
店内で品定めしていた出張中の英国人弁護士、ナザール・ムハンマド(53)さんは、「確かに高価だけれど、全ての粒がこんなに大きくそろっているブドウは見たことない。後で1房買って食べるつもりだ」と言う。しかし、1個3780円の白桃を見て「(ロンドンの高級百貨店)ハロッズでも、せいぜい5ポンド(約650円)。業務用スーパーだったら、この桃1つ分で30個は買える」と驚いていた。
左端:1つ3780円の白桃、真ん中:エッグ・ピーチ、右端:露地桃
「同じ東京中央卸売市場で仕入れているけれども、千疋屋さんとは仕入れ方が違う」と東京から南に電車で1時間、逗子駅前で祖父母の代から「フルーツハウス吉田屋」を家族で経営する橋本由平さん(73)は言う。「私たちはよい状態の果物を1ケース仕入れるけれども、千疋屋さんは、30ケースぐらいの中から中卸業者に選りすぐりの1ケースを作らせるからね」
果物は「水菓子」で、お菓子扱い

昔から懐石料理では、果物を「水菓子」と呼び、菓子の一つとして扱ってきた。特にもも、なし、ブドウ、柿などの多肉多汁果は、その類いまれな芳香ゆえ「菓子」として重用された。また、日本では、季節をめでて、中元・歳暮などに高級果物を贈答品として贈る文化が、江戸時代初期から根付いている。
高度経済成長期直前までは、果物はぜいたく品でハレの日の食べ物だったが、最近は食生活が著しく欧米化し食卓を飾る必需品になった。とはいえ、農林水産省の国民1人当たりの果実類摂取量(2011年試算)によると、イタリア149.0キログラム、フランス116.1キログラムに対して、日本は50.9キログラムといまだに欧州諸国の50%にも満たない。
欧州圏では大量生産で水分とビタミン摂取の必需品

欧州圏では、比較的飲み水に適さない硬水が多く、さらに通年でビタミン源になるような作物が少なかったことから、水分やミネラル、ビタミンが豊富に含まれるフルーツが生活必需品とされていたと高砂香料工業株式会社の佐々木繁如研究員は述べている(2008年)。「高級果物を贈答品とする習慣も特になく、果物の捉え方が文化的に日本と異なるのです」と説明するのは、農林水産省の園芸流通加工対策室長、東野昭浩さん。モノカルチャーで品種を集中させ、比較的広大な農地で大量生産し、ワインやジャム、ドライフルーツなど保存食として重用される場合は、見た目の美しさはそれほど重視されない。例えばフランスの果樹類栽培面積は平均29ヘクタール(2010年)で、最近は100ヘクタールを越える大規模な経営も増加している。

一方、日本は、国土が細長く80%近くが山地だ。2010年度の1農業経営体あたりの平均面積は、2.2ヘクタール。中でも手間のかかる果樹経営は、2.0ヘクタール以下の農家が約85%を占めている(2010年)。果実栽培は機械化が困難な作業や剪定(せんてい)など高度な技術が多いために労働集約型だ。日本の果実農家は小規模家族経営が多く、経済性を高めるために、否応なく見た目も味も良い単価の高い品種を手間ひまかけて栽培する。例えば、マスクメロンは、「一木一果」で、あえて、1本の樹に1つだけ実を残すことにより、養分を1玉に集中させ、芳醇な香りを極める。多雨湿潤の気候から良質な水に恵まれた日本では、果物はむしろ嗜好品(しこうひん)とみられるようになった。
地道な努力に支えられた果物が、近年国外でもぜいたく品として扱われるようになってきている。「リンゴ、なし、もも、みかん、いちご、ぶどう、柿などの2006年度の輸出売上金額を2015年度と比較すると、180億円で倍以上に増えている」と農林水産省の東野さんは言う。
やっぱり果物はデザート感覚

一方、そんなに高いお金を出してまで果物を食べなくてもいいという意見もある。また、形が整っていなくてもいいからもっと安く食べたいという声もある。

「買い方はお客様の価値観によってさまざまです。1つ200円か300円のフルーツをケーキ感覚で買われる方も多いですよ」と、前出の橋本由平さんは言う。吉田屋のリンゴ「フジ」は6つで850円。オレンジは5つで600円。決して手の届かない値段ではない。しかし、やはりデザート感覚のお客さんが多いという。
みずみずしい旬の果物は、「季節の贈り物」だが、桐箱に収まりシルクの風呂敷にくるまれた「千疋屋」という老舗ブランドの名前を冠した果物は、日常のテーブルフルーツとは果たす役割が異なっているかもしれない。
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